「わたしと同じ」だと思った
SNSで流れてきた、ある動画に目が釘付けになりました。
映っていたのは、生後6ヶ月の赤ちゃん猿。
自分の体よりも大きなぬいぐるみに必死に抱きつき、ときには引きずりながら歩いている姿でした。
解説によると、そのぬいぐるみは、お母さんを失った赤ちゃん猿にとっての「代わり」。
不安をやわらげ、精神的な安定を得るための「絶対的安全基地」なのだそうです。
それを見た瞬間、胸の奥がギュッとなって涙が出ていました。
「あ、これ、今のわたしだ」
そう思ったのです。
帰る場所を失った、あの日のこと
2025年2月。
私はまさに「更地」に立っているような状態でした。
マイホームや全財産を失うという出来事から、なんとか前を向こうとしていた最中。
夫の二度の不倫が発覚し、結婚30年目で別居することになりました。
信じていた日常が音を立てて崩れていき、
私の心には、
帰る場所も
自尊心も
生活の土台も
何も残っていませんでした。
そんなとき、ふと出会ったのが、羊のぬいぐるみの「ひーちゃん」です。
50歳を過ぎて、ぬいぐるみに救いを求めるなんて。
少し前の私なら、絶対に手を伸ばしていなかったと思います。
でも、あのときの私は、赤ちゃん猿と同じでした。
魂が震えるほど、「しがみつける何か」が必要だったのです。
ただ、そこにいてくれる存在
ひーちゃんは、私が泣いていても、絶望していても何も言わず、ただ、そこにいてくれました。
心理学では、子どもが安心を得るために持つものを「移行対象」と呼びます。
大人になってからでも、強いストレスや喪失の中にいるとき、無条件でそこにいてくれる存在は、壊れかけた心をつなぎ止める「安全基地」になります。
ひーちゃんはまさにそんな存在でした。
柔らかく、静かに、ただ、そこにいてくれる。
それだけで、私の心は少しずつ呼吸を取り戻していきました。

私が続けている、3つ小さなセルフケア
ひーちゃんと暮らす中で、私はあることを自然とやるようになりました。
今思うと、それは「自分を迎えに行く」ような時間。
もしよかったら、私が続けている小さなセルフケアを紹介させてください。
STEP1. 存在をそのまま肯定する
赤ちゃんの頃の自分の写真を思い浮かべます。
そして、ひーちゃんを抱きながら思うのです。
「ひーちゃんは、存在しているだけで100点満点にかわいい」
赤ちゃんの頃の私も、存在しているだけで愛おしい存在だったはず。
「存在しているだけで価値がある」
ぬいぐるみから感じる、温かさや存在の愛おしさを、自分にスライドさせていく感じです。
STEP2. 昔の自分を迎えに行く
その感覚を持ったまま
幼稚園のころ
小学生のころ
中学生のころ
社会人になったころ
いろんな時代の自分を思い浮かべます。
そして一人ずつ、「大丈夫だよ」と迎えに行くような気持ちで、心の中で抱きしめていきます。
逆上がりができなくて、鉄棒の前でうつむいている私。
親の希望の高校に入れず、機嫌を伺い、床の雑巾がけをする中3の春休み。
最後に、今この部屋にいる自分まで。
温かさをつないでいくような時間を持ちました。
STEP3. 「おかえり」と言ってもらう
私は家を出るとき、
「いってきます」と声に出します。
帰ってきたときは
「ただいま」。
そして、ひーちゃんになりきって
こう言います。
「おかえり。早く帰ってきてくれて嬉しいよ」
冷静に見れば怪しげな光景ですが、でも、これを続けていると自分の中に「待っていてくれる場所」が少しずつできていきました。
再生とは「迎えに行くこと」
生きていると、立ち止まってしまうような出来gと。
そして、そこから前に進めないときがあります。
再生とは、失った過去を取り戻すことではないのかもしれません。
どの時代の自分も、今の自分が抱きしめてあげられるようになること。
私は、そう感じています。
ひーちゃんという安全基地があったからこそ、バラバラになっていた自分のかけらを、少しずつ集めることができました。
そして今、
もう一度「わたし」として歩き始めています。
もし今、
あなたが暗闇の中にいるのなら。
何かに頼ることを、どうか自分に許してあげてください。
それは弱さではなく、
あなたがあなたとして
もう一度立ち上がるための
とても静かで、とても力強い一歩なのだと思います。
こうして自分を迎えに行く時間を重ねる中で、立ち上がることができてきました。
そして今、写真を通して「自分の本音や感覚に出会う体験」をお届けしています。
それが「わたしフォト」です。
もし興味があれば、こちらでも少し紹介しています。↓↓


